思い込みの取捨選択

引き続き実家。今日は父方の祖父母宅、今は伯父夫妻だけが住んでいる家へ。父方の実家とはなんとなく縁遠く(今思えば母が苦手としていたのが大きい)、たぶん15年ぶりとか。先に父と私で墓参りをして、伯父夫妻と食事。そのあと、実家に行ってもう少しお喋り。

行きすがら、父から祖父母や実家回りの色々な話を聞く。曰く、祖父は一度婿入りしたものの、出戻りしたらしい。そこの詳しい事情は知らないが、そんな祖父に嫁入りしたのだから、祖母は祖父に思い入れがあったのだろう、とのこと。骨壺をくっつけて並べてやったという。

そもそも、一昨年の年末に祖母が亡くなったのに葬式に行けず、初盆にも顔を出せなかったので、少し余裕のできた今年、しておくか、親戚付き合い……と思って今回の訪問を考えたのだった。そうしたら、伯父夫妻は私の思っている以上に歓迎してくれた。伯父は耳が遠くなり、足腰もかなり弱っているようだが、伯母が元看護師ということもあって、まめまめしく介護していた。

小さい頃、1ヶ月か2ヶ月くらい、色々あって祖父母宅に預けられていたことがある。その頃、一度、おそらく夜勤帰りの伯母を起こしてしまい、怒られたことがある。1回きりだったと思うが、なんだかその思い出が強く残っていたのもあって、苦手意識があった。だが、今日再会した伯母は、目が可愛いね、お父さんお母さん両方に似ているわと言い、涙ぐんでいた。電話口で歓迎してくれたときは住んでいる人も訪問者も減った家に2人だから寂しいのかなと思っていたが、随分疎遠になっていた姪っ子が大人になって現れて、本当に嬉しがってくれたのだと思う。

記憶というのは曖昧で、大きく感情が動いた時のことばかり覚えていたり、逆になんてことないちょっとしたことを覚えていたりする。そういう意味では、私はややネガティブな記憶を、それが全部だと思い込んで取捨選択していたなあと感じる。でも、実際には、もっとポジティブな記憶だってあって、頭の中で作り上げた相手の像より、実際に触れ合う相手の姿のほうが真であることのほうが多いんだろうな。

昨日は通りがかったペットショップで、今日は帰りに立ち寄った農家さんの販売所の前で、犬と触れ合ったら手をペロペロしていただく機会があり、犬と縁のある帰省になった。猫も可愛いけど犬も好きだ。猫はそれこそ祖父母宅で飼っていたからまだ触れ合ったことがあるが、犬はほぼない。触り心地が猫とは違ってフレーム感が強く、ガッシリしているなと思う。とても可愛かった。

撫でられたいし嗅ぎたい犬その1。
撫でられたいし嗅ぎたい犬その2。

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