ブローガスト関連で、こちらの記事3つを読んだ。普段、あまり他の人の「書くこと」を聞くことがないので、すごく面白かったです。
最初の方の記事を読んだとき、Blueskyには「私は絵も文も「なんとなく完成形が見えてて、そこに向かって上から順に描く/書く」というタイプな気がする」と書いたのだが、残りの2つの記事も読んだ上でしばらく考えてみて、「頭の中に完成形があるので、それを出力している」という方が正確な気がしてきた。というわけで、ごく個人的な「文章を書くこと」を書いていってみたいと思う。
基本的に私は頭の中でずっと喋っている。なにか明確に考え事の種があるときも、特になにも無いときもずっと「文章で」話している。個人的な悩み事、社会についての考え事、仕事の愚痴、その他もろもろ。
それを出力する必要があるときに、順番に出力している。さすがに論文や手順書、ビジネス文書を書くときはもうちょっとアウトラインを書いてから……などの一般的(?)なやり方で進めるが、SNSやこのブログなんかは本当になにも考えず上からダーッと書いている。書き切ってから増やしたり減らしたり、順番を入れ替えることは極稀にあるが……。
ただ、物語になると少し話が違ってくる。推しカプ(うちよそやよそよそ)の妄想などになると、メインとなるシーンが映像で浮かんでくる。舞台やドラマのようにキャラクターが動いて、カメラがそれを追うイメージが頭の中にあって、それを一生懸命文字で説明する書き方が多い。
なので、小説というよりはト書きとか台本とか、絵コンテみたいなものになりがちだ。説明が多くて、心情が少ない。状況は分かったが、……で?という感じになることもある。
でも、私は結構この書き方が好きだ。事実を積み上げて、舞台を定義して、そして、そこに置かれたこの人物はなにをするのか、という外側の部分が好きなんだと思う。想像の余地を残したいのかもしれない。最もエモーショナルなことは、読者(≒自分)の心の中でこそ起こるだろう、みたいな、妙な哲学的なものもあるかもしれない。
どちらにしても、「頭の中にある程度の完成がある」というのが私のやり方かもしれない。あんまり参考にならないな……。
映像が頭の中にあるのだから、文章よりは、絵を描くのだから漫画にするほうが向いているのでは?と思わなくもないのだが、なぜか漫画にはものすごく苦手意識がある。これだけ長く何かを描くオタクをやっている割に、同人誌どころか1P漫画もほぼ描いたことがない。
「頭の中の妄想の映像」が強すぎるあまりに、それに届かない漫画になってしまうのが耐え難い……のか?と、今回この記事を書いていて気付いた。あと、漫画はどうしても画力が出る。文章は(機械で書けば)均一なフォントで書ける、というのが大きいのかもしれない。
ここからは自分語り。
そういえば、学生時代に国語の勉強はほぼしなかったが、テストでは基本的に高得点だった。大学入試のために小論文が必要になったときも、特にテクニックなどを身につけよう!と頑張るというよりは、過去問をガンガン解いて(書いて)担当の先生に見せるだけで、その担当の先生にも「言うことないな……」と困られていた。そのくらい、たぶん、読み書きに関してはパラメータが高い個体なんだと思う。
私は絵を描くタイプのオタクに育った。しかし初めての二次創作も一次創作も、文章だったのは覚えている。どちらも小学校高学年くらいに、インターネットとパソコンを手に入れたときに自然な流れで書いたような気がする。二次創作は名探偵コナンとポケモンだった。コナンはたぶんどこにも出していないが、ポケモンは当時二次創作の投稿サイトがあって、そこに出すために一生懸命書いていた(掲載されたことはなかった)。一次創作はなんとクラスメイトを題材にしていた。給食で同じ班の子たちをファンタジーRPGのような話に出していったはずだ。私の記憶が確かなら、クラス中、そして先生にまで回し読みされていた。まあまあゾッとする思い出ではあるが、一応、ある程度、読むに耐える内容だったのだろう、と前向きに捉えている。
一次創作に関しては今も結構いろんな世界を頭の中に作ってはある。全然表に出していないが……。そういうのもそのうち書いてみたい、と思ってはいる。〆切と反応がないと書けないタイプと思われるので、イベントに参加するほうがいいかもしれない。今度の文学フリマとか見に行ってみようかな……。

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